酔舞如≪世迷言≫

日々起きている社会的なこと、ちょっと気付いたことを色々書いています。

酔舞如は、世迷言。酔いどれているが如く痴れ言が舞う与太論BLOGです。
この社会に対して色々思う事を書いてます。

当BLOGでは、しばしば「投票に行こう」と呼び掛けています。"遺憾砲"の足下にも及ばない空砲ですが、一人でも二人でも訪問客がある限り、投票行動を呼び掛け続けます。ところで・・・

衆議院の解散を伴おうと伴うまいと、この夏、参議院議員選挙は行われます。立候補者の経歴や立候補の趣意、演説内容等々を吟味して投票するのは当たり前ですが、どうしても、所属政党の網領(基本政策)は気になりますよね。立候補時の主張が気に入っても、当選以降は、所属政党の方針に従い行動するのが政治家の常。それが分かっているから、候補者に関係なく、自分が信じる政党が公認・推薦する候補者に投票し続ける人が圧倒的に多い。支持する政党を持たない、いわゆる無党派層に至っては、投票行動を棄権する人が圧倒的大多数で、だから、有権者全体でみればほんの2割程度の支持しか得られずとも"国民の支持を受けた"国会議員が誕生する。

十人中、ほんの二人程度しか満足させない政治をやっていても、"永久与党"然としている自民党が在り続ける。十人中、少なくとも二人程度は「ふざけるな!」と言ったにせよ、残り六人くらいが「誰がやっても政治は一緒」と無関心を装う。たったの4割、いや、それ以下の投票率で当選する人間に国会議員を名乗らせて政治を任せている国家が日本国である。情けない。

年金問題にせよ、その他の問題にせよ、何も困らない2割の上層が政治経済の"中心支配層"であり、それを取り巻く6割はただ指を咥えて羨ましがっているだけの人間達であり、遠くに追いやられた2割が必死に何かを叫んでもその声は政治中枢には届かない。こういう国家の状況を「別にいいじゃん。誰がやっても政治は一緒」としか言わない、本当に困っている人達の声を阻害している無関心層の6割こそが元凶だ。そしてこの6割の中には、上層2割に忖度して(其処へ上ることに憧れて)、困っている2割を非国民であるかの如く攻撃する者達もいる。

2割しかいない上層(中心部)を目指すのは何も悪くない。けれど、其処にはまだ入れていない内から自分のことを殊更大きく見せようとして見栄を張る。弱いもの虐めして日常の憂さを晴らす。そういう事ばかりに必死になっている腐った人間が、本当に国家の上層(2割)に入れたとして、一体何を成そうとするのか。せいぜい、自分の名声のことしか考えないから、社会に対して成したい事など何もないだろうけど。

社会の上層にいる人達が、本当に強く支持されているのなら、下層は力強い基盤になるが、今の日本の上層は、どんなに取り繕っても"ろくでなし"が多い。だから下層から嫌われ、嫌われていることなど屁とも思っていないから、下層の気持ちを虫けら同然に踏み躙る。

ところが、「ギャフン!」と言わせたいと思っても、本当に困っている下層の為の政治が出来る政党が存在しない。本当に政治の力を必要としているのは下層2割であり、政治がなくても何も困らない上層2割の為や、政治に無関心でも食える6割の為の政治では絶対にダメだ。

"強い国"よりも"優しい国"であるべきなのに、強面の金持ちばかりがエラそうに踏ん反り返って法案審議する様子を見せられたら、毎日必死で生きている人達はそれだけの図柄で怒り心頭に発す。審議内容以前の問題になってしまう。与党も野党も一緒。議員発言の揚げ足取りやスキャンダル含む議員資質問題ばかりに躍起になって、何やってんだ!って思う。今日、明日を生きることに懸命な人達にとって、そんな事はどうでもいい。"弱者が生きられる社会の仕組み"を法制化出来る国会審議をやってくれと願っている。

ワイドショー見て、政治スキャンダルを茶の間の話題や酒場の話題にして楽しむ人達しか相手にしないマスコミは、本当に必要な議論を仕向けようとしない。日々生きるのに大変な人は、ワイドショーに構っている暇もない。だからマスコミはそういう人達を相手にしない。つまり、本当に政治を必要とする下層2割は、マスコミからも蚊帳の外に置かれている、と受け止めている人達でもある。

反社会的でも何でもなく、「困っているから助けてくれ」と叫んでいるのに、反社会的行動の一部と一緒くたに扱われているケースも多々ある。

グダグダ書くのも疲れて来た。野党は、本当に政治を必要としている人達の為の政党として一つになれるのか、なれないのかハッキリしろ。但し、日本人の成り立ちそのものを否定する共産党や社民党などに類する極左政治家は排除することを絶対条件とする要求だ。


==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
にほんブログ村 その他日記ブログへ にほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================


==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
 にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 政治ブログ 世相批評へ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================

日本の年金制度は綻びが見えている。既に、"破綻している"という極端論もある。年金の受給額だけでは、老後生活を持ち堪えることはとても叶わない。と、悲観している人はけっして少なくない。その一方で、豊かな老後生活を送ることが可能な人達だって、けっして少なくない数存在しているのも事実。
「(年金だけで)十分に支えられるとは到底言えない状況だ!」と主張する人達の方が多いのか、「(年金あれば)何とかなるんじゃないか」という状態の人が多いのか、そればかりは分からない。

但し、現在の制度を何も変更しないという条件で・・・
国民年金にしか加入していない
貯蓄額はあっても微少(金融庁がシュミレーションした2千万円貯蓄は、国民年金受給者ではない)
老いて以降、面倒見てくれる子ども等々が誰もいない孤独な独身者
以上3つが全て揃っている場合、尚且つ、老いて以降の就業が窮めて困難である人は、残念ながら、この先に待ち受けているのは"絶望"のみ、ということだけはハッキリしている。したがって、不肖私も、何も対策しなければいつか必ず、確実に野垂れ死ぬ。

「(今現在に於ける)将来年金の受け取り額」を報せる定期的通知は、誰にも送付されている(筈)。その金額に対して、後、どれくらいあれば生きていけるか?というシュミレーションは誰でも出来る。その金額で、"豊かな老後生活"とまでは言えずとも、「何とかギリギリ生きられる」のであれば、老後の仕事を特別に不安視する必要はない。しかし、上述した3つ全て当て嵌まるなら、そして「出来れば長生きしたい」と思っているのであれば、四の五の御託並べずに、老後も無理なく続けられる仕事を確保するための準備(資格取得や開業資金貯蓄やその他)を、今すぐに始めるべきである。

確実に、少しは好転することがある。国民年金加入者は、必ず(年齢的に可能ならば)国民年金基金にも(出来れば)複数口加入しておくこと。気休めにしかならない額であっても、それこそ気休めにはなるのだから。
貯蓄することがとても厳しい収入の人達は、何かの可能性があって続ける必要がある場合を除き、その仕事からはもう卒業することをお勧めする。まだ30代、或いは20代の人達なら、毎月5万円の貯蓄が可能になったら、30年間で1800万円になる。まだ30代、或いは20代の人達が老後生活を迎える頃には、社会福祉制度ももう少し良くなっていて、何とか老後を生き抜くことが可能になっている。ということを信じて、今のうちに備え始めることが肝心。ただ文句を述べて、勝手に絶望するよりは、社会を好転させる為に前向きに生きた方がずっとマシだ。そして・・・
腐った政治を変える為に投票行動をし続ける。生きる目的が何もないなどと絶望するよりは、「投票行動をし続け、国家を変える為に生きてやる!」という目的に生きる方がかっこいいと思う。

冒頭と被るけど、富裕層を除けば(※富裕層って、年金を必要としない人達では?の声は無視)、年金受給額だけで老後生活を乗り切るのは相当厳しい。これは日本国家の現実であり、この現実は誰か特定の誰かの作為によるものではなく、本来は喜ぶべきかもしれない長寿社会を成したことの反動である。

今年の5月22日に、金融庁は、「老後資金を1300万~2000万は蓄えていて欲しい」と、国民に対して自助努力を要望する発言を行った。この事に対して私見(公的見解でも良いけど)を求められた麻生副総理兼財務相は、「人生百年になったんだから、仕方ない」というような表現を用いたが、それはその通りだ。健康長寿を望むことに何の罪もないし、退職後10年を支える目的で設計された年金制度にも罪はない。

しかし、百歳を超えて尚も長生きするとか、平均寿命の大幅な伸びとか、少子高齢化社会の訪れとか、そういう事が予測可能な状況となった時点で、与党とか野党とか公務員とか企業労働者とか自営業者とか、そういう立場の違いなど一切取っ払って制度を作り変えるべきだった。今頃になって「べき論」言っても仕方ない。だから、今後のことを考えてみよう。

先ず、国民年金だけでは絶対に食っていけないことは確実。このことをちゃんと周知させて、国民年金基金へ(出来る限り早く)加入させることをしなければ、蓄えがいくらあっても短期間で底をつく。年金基金加入も強制化しなければ、企業人や公務員以外の者には安定した老後生活は来ない。
そもそも、それもおかしい。働き方を自由選択するのだから、現役の時に収入差が生じることは止むを得ない。が、老後収入くらいは平等にしませんか?
現役の時の収入差、掛け金の差があるのでそれは認められない!・・・ですか。何か方策が有りませんか?

その方策を"消費税"に求めた多くの欧州諸国をヒントにすれば、確かに、高額消費税に苦しむ貧困層は存在するかもしれないけれど、教育・医療・福祉の平等を実現させて、老齢年金も平等を実現させられるのでは?
つまり、健康保険料とか年金保険料などを納めることを一切排除する代わりに、消費税は思い切って30%超とする。その代わりに、当然保険料負担を免れた企業に対する法人税、事業所得税などの税率を上げる。

同じ国家国民なのだから、現役時代は頭脳の優劣で貯蓄差が歴然とするにせよ、老後は仲良く平等に年金を貰おうよ。それが絶対にいいって。「消費税」に対して過敏反応して憤る人達は少なくないけれど、収入が低ければ消費を我慢するというのは至極当たり前。収入が低い生き方しか出来ないのも能力が左右することだから致し方ない。でも、同じ国家国民として「生きている」「生きて来た」ことに差をつけるのはおかしい。

以上の事は、当BLOGが勝手に書いたことだから言うなれば独り言。でも、国会では、ただ相手の失言ばかりを糾弾するだけで、政治家全員で未来を真剣に検討することを全然やってくれない。腹立たしい。それに・・・

何?麻生大臣。ふざけてるのか?
つい先日の参議院の質疑応答をちょこっと視聴したけど、態度が横着過ぎる。安倍首相も同様。首相や副首相という立場で相当偉いことは分かるが、自分達の生活水準以下の人間を見下しているようにしか見えない。見下しているのは事実だろうけど、あからさま過ぎる。不愉快極まりない。

そして、麻生大臣の豹変ぶり。自分で老後の"平均"シュミレーションさせておいて、一度は上述のように発言しておきながら、仕事させた結果を「受け取らない」って、あんた、どうかしてるんじゃないですか?福岡県民として(選挙区は違うけど)恥に思うよ。
百歳まで生きる想定ではなかったのは事実でしょうし、定年退職後10年くらいで死ぬ事を想定した年金制度だったことも事実でしょう。そして、時代z(社会)は劇的に変化して少子高齢化社会へ突入した。それも事実でしょう。だから大慌てで、消費税を増税しようとしてるんじゃないですか。どうして、そこまでは国民の誰もが知っているのにわざわざ誤魔化す?それって、首相の指示ですか?だったら、首相も副首相も極悪人だ。

与党とか野党とかそんなもの関係ない。全国民が納得する社会制度をさっさと築け。それよりも何よりも、ほんと真面目に投票しよう。情けない政治家ばかりで反吐が出る。

==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
にほんブログ村 その他日記ブログへ にほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================

==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
 にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 政治ブログ 世相批評へ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================

元・農水省事務次官が息子を殺害した事件。
元・事務次官曰く、息子に対して、川崎市で小学生らを殺傷した犯人のような凶悪事件を起こす恐れを感じた末の殺害。日頃の行動・言動から、どうしてもその不安が拭い切れずに、他人様の子どもを殺すような事になる前に殺害に及んだという事ですが・・・
この件でも、ワイドショーのコメンテーター達を含めて世間では様々な意見が飛び交い揺れている。

「何があっても人(息子)を殺した事を容認(擁護とか理解とか)するべきではない!」と強く主張するのは、「一人で死ね!とは言ってはならない」と主張する人とほぼ一致しているようだ。

「一人で死ね!」に関しては前回書いた通りですが、こっちの件に関しては難しい。元・事務次官の年齢とか考えたら、「今しかない」タイミングだったのでしょうし、自分の育てた息子に対して自分で始末をつけた事から、他人がとやかく言う問題でもない。後は、裁判官が判断を下すだけ。でも何か書かないとね・・・

殺人は殺人だ。でも、これを戦争に置き替えたら?
他国攻撃を繰り返し発言する国家があって、それをさせない為に米軍や国連軍が先制攻撃した事例は少なくない。一緒でしょう?小学校の運動会?が騒がしい!黙らせてやる!(ぶっ殺す)と発言する息子を、そうさせまいと親が先制攻撃して阻止した。
米軍や国連軍は「切羽詰まっていたから」という理由で攻撃を容認された。この親も、「切羽詰まっていたから」殺したが容認されない。

理不尽だよね。大勢が参加する戦争ならオーケーで、一家族の中でだけ行われた"已むに已まれない"行為は許されない。全く、人間社会ってのは矛盾に満ちている。



==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
にほんブログ村 その他日記ブログへ にほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================

==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
 にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 政治ブログ 世相批評へ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================

「死にたいなら一人で死ね!」
心無い凶悪事件を起こした犯人が自殺した件に対して、年齢・性別・職業・身分に関係なく、大多数の人間は普通にそのような感情を持つ。そして、一般庶民はSNSでそれを発信して、テレビのコメンテーターやタレントなどは番組等々でそのように発言する。此方が思うに、世の中の大多数の人は、そのような感情を抱いた筈。ところが・・・
このような感情(=死にたいなら一人で死ね!)を持つことを良くない事だと非難している。或いは、そのように感じたにせよ、発言(発信)してはならないと主張する人が出て来て、ワイドショーや報道番組では、「死にたいなら一人で死ね!と言ってはダメだ!」という意見を尊重するというコメンテーターが沸いて来た。
どちらも、それぞれの考え方に基づく正義感で発言し合っているのでしょうけど、「日本人とはかくあるべき」という、いわゆる日本人像というものは最早無くなった事だけは間違いないようである。

ところで、「死にたいなら一人で死ね」発言(発信)を強く否定する派の理屈は、社会に対して孤立している人達を刺激してしまう恐れがあるという事らしい。つまり、発言(発信)してはならないと言う人達曰く、現在の日本社会には・・・
「死にたいけど、一人で死ぬのはイヤだ。死ぬ時は、誰彼構わずに道連れにしたい。」
「兎に角、世の中に対してムカついている。どうせ死ぬんだから、最後は誰彼構わずに殺したい。」
等々、本気でそのように思っている凶悪犯罪予備軍が大勢いるという事だ(たとえ百人でもそんなにいるなら大勢の類)。そして、その凶悪犯罪予備軍はこのような事件が起きる度に、「自分でもそうするよ。」「自分もそうしたいよ。」と感じていて、「死にたいなら一人で死ね!」なんていう言葉に触れたら、それは自分に向けられた言葉と受け止め、それが引き金になってしまうという事らしい。そして・・・
「一人で」が抜けて、「死にたいなら、死ね!」と受け止め、「ようし、死んでやる。誰よりも多く殺して、思い通りの死に方で死んでやる」ということになるから危険だと指摘しているわけだ。

結局、罪は憎んでいいが、(罪を犯した)人を憎んではならない。という事に繋げたいのだろうけど、そもそも、「人から好かれても迷惑」という境地に達した人間達なのでは?
もっともっと憎悪されたくて、徹底的に嫌われたくて凶悪犯として最期を飾ろうとしている。だから、無差別殺人を起こして憎悪の言葉を浴びせられれば、それこそが本望という事になる。もしもそうであるならば、寧ろ・・・

何も騒ぐな?無感情を装い、被害者にも寄り添わず、見て見ぬフリに徹せよ?そういう世の中でなければならないか?そういう無感情な世の中の方が犯罪抑止力になる?何にも関心を持つな?直接事件に関係ない者は世間を煽るべきではない。発言(発信)は控えよ!とでも、発言(発信)反対派は言いたいのだろうか。
それもまたおかしな話で、社会的に孤立していると感じている人達は、周囲に関心を持たれない事にもムカついているわけでしょう。無差別殺人事件が起きても世間が何にも騒がなくなれば、これでもか!とエスカレートしていくのでは?

ワイドショーやニュース番組のキャスターやコメンテーターが、「一人で死ね!」と騒いで欲しくないのなら、ワイドショーやニュースで取り上げない方が良いのでは?ワイドショーやニュースで大事件として取り上げ、何人もコメンテーターを登場させて議論するから、視聴者感情が煽られていくのでは?

事件があった事は、当事者だけが知っておけばいい。関係ない人達には何も知らせない。それが最も良い手段だけどね、それもまた気味の悪い社会ですね。でも、視聴者感情を煽りに煽っておきながら、「何も視なかった、何も聴かなかった、そういう事にしておけ」と視聴者に要求する馬鹿テレビ、阿呆メディアの腐り果てた理屈を正論とするなら、「だったら、お前ら(テレビ他)が何も報せるな!」と反論するしかなくなる。

きっと、テレビを筆頭として、マスコミが不毛の議論を繰り返すから、視聴者が余計に煽られているのであって、どうしても報道したければ、殺人があった事実だけ淡々と報道して一切のコメントは省くしかないのでは?でも、コメンテーターとしての収入をアテにしている人達は大いに困るだろうし、ワイドショーなんて成り立たなくなるだろうけどね。そして、インターネットの双方向発信機能も遮断するしかないね。インターネットで書き込み不可・・・
インターネット根絶した方が手っ取り早いね。インターネットなんて何もなかった時代に生活に困っていたか?いや、結構楽しかった。そういう時代を再び登場させるしかないでしょうね。本気で「一人で死ね!発言(発信)禁止!」を実現させたいなら、それしか手はないのでは?世間のことを知り過ぎる社会を、生きるのに必要なこと以外の余計なことは知らない社会へ逆戻りさせる。でも・・・

世界のことを何も知らなかったから戦争へ向かった。

難しい問題だ。難しい問題だけど、人に優しさを強制することは間違っている。生き辛いのなら死ぬしかない。死にたくなければ生きられる手段を求めるしかない。当たり前のこと。生きられる手段さえ求められずに困っている人が大勢いる?いるだろうね。だから生活保護費の増大で国家財政は苦しんでいる。

でも、ハッキリしていることは一つしかない。他人の生き方を笑わない!他人を蔑しない!
平気で他人を蔑視するようなエラそうな人間達ばかり増えたから、「生き恥」なんて思わせてしまう。生きていて、僅かなお金でも使ってくれるから少しでも売り上げになって助かっているお店や企業があるのは事実。誰だって、今日、今の瞬間からでも実行出来る。他人の生き方を笑わない!そして、他人の生き方を笑う人を相手にしない。1億2千万人がそれを実現すれば「生き恥」とか思っている人も少しは減るよ。


==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
にほんブログ村 その他日記ブログへ にほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================

==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
 にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 政治ブログ 世相批評へ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================

日本維新の会から除名処分を受けた丸山穂高衆院議員の「北方領土を取り戻すには、戦争しかないのでは?」発言の件。

こういう考え方を持っているからこそ、酒の勢いであったにせよ口を吐いて出た。こういう考え方を持っているかどうか程度は、党所属として選挙に立候補させる以前にチェックしておくべきでしょう。でも、「そういう考え方を持っています」と事前申告するだろうかね?今回のような火種になることは明らかなので、国政政党・地方政党に関係なく、立候補はさせないでしょうからね、議員になりたいなら本音は隠すでしょう。「奪われた領土は、戦争してでも取り戻せ!」と主張するような超極右政党から選挙に出て勝てるような国ではない。そんな事くらい百も承知だから今までそれなりの経歴も積まれたわけで、でも今回、酒の勢いに飲まれてしまって本音が出たって事ですね。飲酒トラブルは初めてではないみたいですけど、国会議員としては終わったね。議員辞職に追い込まれずとも、議員としての活動はもう無理でしょう。

でも、ほんとに愚かだね。北方領土を国土と思っているのなら、どうしてそこに戦火を起こそうとする?国土を傷つけて、心が痛まないのか?森羅万象・神々との共生を根幹として来た日本人の発する言葉とはとても思えない。日本人は、自分達の国土を破壊してはならない。それが分からない者達に愛国を語る資格はない。それこそ反国家主義者だ。

敵・味方何れのものであっても、自分達の国土に砲弾を浴びせるような出鱈目な真似をしでかせば、必ずや天罰が下される。
八百万神を信仰していた頃の日本人は、少なくとも、砲弾を自分の国土へ落とすような真似をしなかった。科学技術の進化が無かった頃と言ってしまえばその通りだが、戦国乱世以降、勝つ為になら国土の破壊も厭わないやり方が当たり前となったが、罰当たりが過ぎる。だから、自国以外の他人の国土にも砲弾を浴びせ、挙句の果てには日本国中を焦土と化された。それでもう気付いた筈だ。「何があったにせよ、この誇り高き、神々が下された国土に、砲弾を落とすような事態を招いてはならない」と。

そんな事を言えば、自衛隊の実弾訓練はダメなのか!トンネル工事での発破はダメなのか!などなど極端論が出て来そうだが、もうこのご時世で、トンネル工事がダメとか、ビル工事がダメとか、ダム工事がダメとか言ってたら「進化を止めて原始時代へ戻れ」と言うようなもの。だから、「必要最小限の国土開発」なら致し方ないし、軍隊が訓練するのも当たり前なのでそれも「必要最小限」として認められる。が、米軍にいつまでそれを許す?この国の国土や人々に対して何の遠慮も無い米兵のやりっ放し状態を、この先もずっと許していくことは明らかに間違いだ。

侵略戦争は絶対にダメ。しかし、防衛戦争が出来る力を常時保持しておくのは当たり前。そして、防衛の為なら先制攻撃だって専守防衛の一環だと考える。但し、先制攻撃をやるなら、必ず、相手の反撃能力を奪う。それが100%可能ならやるべきだ。それが出来ないのなら何としてでも避戦する。そんなことは当たり前。国民と国民が生きる国土を戦争で傷つけることは絶対に許されない。そして・・・
その考え方を全世界で共通して持ち合えれば、地球上で二度と戦争は起きない筈。敢えて言うなら、「日本を攻撃したら、その瞬間にお前の国は何もかもを失くすぞ!」と脅せるだけの根拠と覚悟と実行力を常に持っていなければならない。
根拠も覚悟も実行力も何一つないから、今、日本は閉塞感が充満している。必要なのは憲法どうのこうのじゃなく、全ての国民が、自分と自分以外の全てを(世界から見たら)弱者であることを認識して、「弱者にこそ政治が必要」という意識改革を行うこと。弱者を救えるのは政治だけだ。それが理解出来なきゃ全て水泡に帰す。

それで、冒頭の件・・・北方領土返還だけど、「還せ!」ではもう何も進展しないことは明らかだ。でも、北方領土どころか、全千島列島、樺太、カムチャッカ半島もシベリア東北部も古代日本人(=アイヌ人)が先住者だった。先住者は、自由に行き交えることは両国で確認し合えている(※1858年、日露修好通商条約で、樺太は先住者であるアイヌ人が自由に行き交える"領土"だが、但し、日露両国が共同所有する。北半分はロシアが保護して、南半分は日本が保護する事になった)。場所を樺太に限定して、先住者をアイヌ人に限った話だったが、そもそもアイヌ人とヤマト人は同祖で共に"一つの"古代日本人を構成していた。という事を現在のロシア国家に認めさせれば、北方領土どころか上述全ての領域の先住者は日本人だった事になる。
徳川幕府時代からの条約どうのこうのはもう何もかも意味を成さない。全てゼロから交渉し直す。その交渉は、日本の為とかロシアの為ではなく、日本とロシアの争いに巻き込まれて一番の被害を蒙ったアイヌの為にこそ行う。そうすれば、新しい何かが出て来る筈。その為にも・・・
今までアイヌ人に対して行って来た全ての非礼を本当に心から詫びて、同じ日本人として今まで以上に結束し合う事が欠かせない。


==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
にほんブログ村 その他日記ブログへ にほんブログ村 その他日記ブログ たわごとへ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================

==============================
ランキングに参加してみました☆
↓やる気倍増ボタンらしいです↓
 にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 政治ブログ 世相批評へ
  ↑↑↑にほんブログ村↑↑↑
    何を今更?(笑)
===============================

このページのトップヘ